勝ちが続いた月があった。決済のたびに乗って、月の終わりに自分はロットを倍にした。損切りの位置はそのまま動かさず、大きさだけを変えた。翌月、同じ位置で止めたつもりが、失った金額は前の月の利益をまるごと超えていた。
あのとき自分に欠けていたのは、手法でもチャートの読み方でもない。損切りという言葉の意味だ。位置を決めることと、その位置でいくら失うかを決めることは別の作業だ。ロットを上げるなら、両方を書き直す必要があった。意味を取り違えていたから、条件が条件として機能しなかった。
その値下がりは、いつ「間違い」に変わった?
当時の自分は、損切りを「負けを認める痛い作業」だと思っていた。だから先延ばしにした。日本証券業協会は、損失拡大を避けるための売却を見切りと呼び、早過ぎも遅過ぎも避けて現在地を把握し、投資判断の誤りが見つかったときに売るという考え方を紹介している。
誤りが見つかったとき、だ。値段が下がったとき、ではない。ここがずれていると、ロットを上げるときも同じ言い訳が働く。「これだけ続いているなら、次も乗る」。前提が崩れたかどうかではなく、続いた回数だけを理由にした。
言い訳の形は毎回同じだった。「今回は流れが違う」「ここまで続いたなら次も乗る」。後から読み返すと、どれも数字が動いたあとに考えついた理由だった。ロットを上げる前に書いた理由じゃない。
損切りとは、結局どういう意味か?
整理する。損切りは、保有している商品について、あらかじめ決めた損失条件に触れたとき、または投資の前提が崩れたと認めたときに売却・決済して、損失の拡大を止める行為だ。法律で一つに決まった用語というより、投資判断とリスク管理の実務の言葉として扱うほうが実態に近い。
誤解されやすいのは目的のほうだ。損切りは、損失をゼロにする技術じゃない。リスクという言葉自体、予想どおりにいかない可能性や損害を受ける可能性の度合いを指す。ゼロにはできない。できるのは、1回の取引の損失を、自分が管理できる幅に区切ることだけだ。
損切りという言葉を、負けの告白ではなく、条件の実行として読み替える。意味の置き場所が変わるだけで、手の動く速さが変わる。
もう一つ。長期・積立・分散とは別の話だ。資産や地域や時間を分けて値動きの影響を薄めるのが分散。個別銘柄やレバレッジ取引で、あらかじめ損失条件を置くのが損切り。ぶっちゃけ、この二つを混ぜて語ると、どちらの条件も曖昧になる。
なぜ、買う前に決めるのか?
あの月のあとに自分が変えたのは、順番だけだ。含み損を見てから考えない。新規で建てる前に、損切り価格か損失条件を先に置く。そのあとで許容損失額とポジションサイズを合わせる。順番を逆にすると、条件がそのときの気分に負ける。
条件は、一律の下落率だけで書かなくていい。自分がノートに書くのは3行だ。
- 前提が崩れる価格(この線を割ったら、買った理由が消える)
- 前提が崩れる材料(決算、金利、規制など、判断の土台が変わる出来事)
- 前提が崩れる期限(この日までに想定どおり動かなければ降りる)
どれかに触れたら降りる。3行とも無傷なら持つ。判断がぶれるのは、条件を書いていないときだけだ。
もう一つ確認したいのが位置だ。CME Groupは、損切りを無作為に置かず、通常の値動きで簡単に発動しない位置を検討する考え方を示している。普段の揺れで毎回飛ばされる線は、条件ではなくただのノイズだ。
線を1900円に置くか、1800円に置くか?
数字にしないと、意味はすぐ動く。ここからは仮に置いた条件での計算だ。口座50万円、1回の取引で許容する損失を1%、買値2000円、損切り1900円とする。
許容損失額は5,000円。1株当たりの損切り幅は100円。数量は許容損失額÷(買値−損切り価格)で50株。損切りを1800円に広げると、同じ許容損失額でも25株までだ。
| 損切り価格 | 1株当たりの損切り幅 | 数量 |
|---|---|---|
| 1900円 | 100円 | 50株 |
| 1800円 | 200円 | 25株 |
線を広げれば枚数は減る。枚数を増やしたければ線を詰めるしかない。損切り幅とポジションサイズは、許容損失額を挟んで連動している。ロットを倍にした月の自分は、この連動を無視して大きさだけを変えた。
この1%に全国共通の正解はない。金融庁は、リスク許容度をどこまでの損失に耐えられるかと説明し、生活資金とは別の余裕資金で投資することを案内している。決まるのは、生活防衛資金、収入、投資期間、資産全体との距離からだ。1回でいくらまで失ってよいかの出し方は1回の取引で失ってよい金額の出し方と記録の付け方に細かく書いた。
FXや先物、CFDなら式はもう一段増える。ティック価値、通貨換算、契約単位、それに手数料とスリッページ。株の単純な式のまま持ち込むと、想定損失が静かにずれる。
逆指値を置いたら、あとは何もしなくていい?
いや、それで終わりじゃない。逆指値は、売りなら指定価格以下になったときに注文を出す仕組みで、条件に触れてから市場へ発注する二段階だ。急落や価格の飛び、板が薄い時間帯では、指定どおりの価格で約定するとは限らない。
その先の発注方式でも性格が変わる。成行なら約定しやすいが価格が読めない。指値なら価格は決まるが約定しないことがある。注文方式、取引時間、値幅制限、流動性。置く前に見る項目はこれだけある。
それでも自分は置く。損失を固定する装置としてではなく、決めた条件を夜中の自分の指から切り離す道具としてだ。書き換えられる線は、線じゃない。
朝と夜の2時間のうち、注文を出す時間より、条件を書いて確認する時間のほうが長い日が普通になった。
きみなら、どこで切る?
紙を一枚出す。次に出す予定の注文について、3行だけ書く。買値。損切り価格。そこに触れたとき、円でいくら失うか。3行目が書けないなら、それはまだ注文じゃなくて願望だ。
切る位置と利益確定の位置を比率で見比べたいなら、損切りと利益確定ラインを数字で決める計算手順のほうに式を置いてある。
で、きみの3行目はいくらだ。


